Jul 29,2022

Azureを採用し、3日間でデータ分析基盤を構築。ブロックチェーンのスタートアップ・JPYCの加速するビジネス展開

Azureを採用し、3日間でデータ分析基盤を構築。ブロックチェーンのスタートアップ・JPYCの加速するビジネス展開

パブリックブロックチェーン上で作られた、プリペイド型のステーブルコイン「JPYC」。

発行元であるJPYC株式会社は2019年の創業で、2022年にはJPYC累計発行額10億円を突破した、急成長中の企業です。機能拡充の過程で Azure を活用するべく、マイクロソフトの公認パートナーである株式会社ゼンアーキテクツと協業し、データ分析基盤の構築を実現しています。限られたリソースのなかで事業を飛躍させるために、どのように技術的障壁を乗り越えていったのでしょうか。今回は2社の担当者に話を伺いました。

ブロックチェーンを活用した決済手段を、日本で実現するために

JPYC社はもともと、日本暗号資産市場株式会社という名で創業。当初は中古品の買取サービスを手掛けており、古物市場での取引を、ブロックチェーンを活用した決済手段で活性化することを目指していたといいます。現在CIO(最高情報責任者)を務める坪 和樹氏は、同社の成長を支えた一人です。

「本格的にブロックチェーン事業に乗り出したのは、2020年。イーサリアムのブロックチェーンを利用し、『ICB(日本円だいたい安定通貨ICHIBA)』という、物や金券、オフィスチェアなどの古物の購入で利用が可能な事業者トークンを発行しました。その後、2021年に一般向けトークン「JPYC(JPYCoin)」の販売を開始し、1年4カ月で10億円の発行を達成。社名もJPYCに改称しています」(坪氏)。

JPYCの特徴は、前払式の支払手段であること。1JPYC=1円で取引される日本円連動ステーブルコインで、円に換金することなく物品を購入することができます。

「簡単にいうと、プリペイドカードや図書カードのように使えるトークンです。ネット専用Visaプリペイドカード『Vプリカギフト』やギフトサービス『giftee Box』と連携することで、この仕組みが可能になっています。前払式支払手段として 1JPYC=1円という価値を保証していることが特徴で、仮に当社に何かトラブルがあっても供託されている資産は保護される仕組みです。そのため、一般的な仮想通貨などと比べると、安全性が強みと言えるでしょう」(坪氏)。

安定した通貨価値だからこそ実現できる、日本円としての決済手段。このようなサービスにたどり着いたのは、明確なビジョンがあったからでした。

「ビットコインやイーサリアムなど、ブロックチェーンを活用した決済手段は、2010年前後から台頭してきました。しかし価格変動が大きく、決済手段としての利用は、現実的ではありません。近年、海外においては通貨建資産が発行されていますが、日本における実用化はほど遠い状況です。こうした背景から、イーサリアムのブロックチェーン上で動作するERC20の規格上で、誰もが購入・決済できるJPYCを開発したのです」(坪氏)。

ブロックチェーンのデータ分析は、社会的にも必須技術

急成長するJPYC社ですが、エンジニア職は15名程度。技術スタッフのマネジメントを担うのは、VPoEの佐野 孝行氏です。

「当社はタスクフォースに近い体制で事業を進めており、一つのミッションに対し、都度必要なメンバーを集め、そのチームで一定期間仕事をします。ピラミッド構造の組織ではなく、アメーバ式で柔軟にやっているので、“技術チーム”というものはないんです」(佐野氏)。

ユーザーの管理はマイクロソフト以外のツールを使用していたというJPYC社。事業を展開していくにつれ、データ分析において課題が生じたといいます。

「暗号資産のトランザクションデータなど、リアルタイムで膨大な量が発生するパブリックな情報において、自分たちの手元で分析し、精度を上げたいと考えていました。それにマッチするクラウドサービスが Azure で、データ分析基盤として活用しようと思ったんです」(坪氏)。

ブロックチェーン上のデータには、ビットコインやイーサリアムなどのトークンが大量に取引される記録が残っています。JPYCの取引記録も全て公開されていますが、この情報をマネーロンダリングやサイバー攻撃による入手、不正なギャンブルサイトでの利用などの防止に役立てることが、JPYC社の将来的な目標だといいます。

「もちろん、マーケティングやセキュリティに活用することが第一歩ですが、最終的には違法な取引に使われたウォレットアドレスを警戒対象にするなど、対策を強化してかなければなりません。今後、暗号資産の世界ではアンチマネーロンダリングが重要な論点になるからです」(佐野氏)。

「だからといって、ブロックチェーン上にあるすべてのデータを、私たちが都度チェックする訳にはいきません。分析データとして保管し、必要に応じてスピーディーに利活用できる環境を整備したかったんです。それが Azure を選んだ理由でした」(坪氏)。

こうした状況のなか、マイクロソフトからJPYC社のコーポレートサイトにスタートアップ支援「Microsoft for Startups」の案内が届くことになります。

「Azure の使用料金が支援される Microsoft for Startups は、技術的サポートなども充実しており、非常に興味深いプログラムでした。私たちの課題を解消できると考え、マイクロソフトとの連携をスタートしました」(坪氏)。

2022年1月に Microsoft for Startups に採択されたJPYC社。これが、株式会社ゼンアーキテクツ(ZEN Architects)との協業につながります。

パートナーシップの活用で、リソース不足を解消

エンジニア集団であるゼンアーキテクツ社は、 Azure 黎明期より PaaS を中心としたクラウドの導入・サポートを数多く手掛ける、マイクロソフトの公認パートナー。 GitHub の公認パートナーとしての活動や Azure の普及活動など、スタートアップを含むさまざまな企業を技術支援しています。

「ゼンアーキテクツさんとの協業は、マイクロソフト担当者のアイデアでした。ハッカソン形式のワークショップにより、短期間でのシステム構築や変革を行うゼンアーキテクツさんのソリューションである『Azure Light-up』によって、 MVP(Minimum Viable Product)を構築することを提案していただいたんです。これをデータ分析基盤に活用しようと、社内で決定しました」(坪氏)。

「ブロックチェーン業界において、インフラ構築やデータ分析ができる人材が、そもそも日本には足りてないんです。当社もスタートアップで社内リソースも豊富にあるわけではないので、外部の方の力をお借りすることは、有効な手段だったわけです」(佐野氏)。

協業にあたり、JPYCを担当したのはゼンアーキテクツ社で代表取締役を務める三宅 和之氏でした。

「お二方からデータ分析基盤を構築したいというお話をいただき、3日間の『Azure Light-up』を実施。初日ではまず、分析するデータの内容とアーキテクチャの方針を、ホワイトボードの前で徹底的にディスカッションしました。見つかった課題は、ブロックチェーン自体が非常に特殊なデータを取り扱わなければならないことと、データ量も膨大であることでした。それをリアルタイムで取り込み、処理していていかなければならない。 BIA(Business Impact Analysis)やアーカイブとして長期的に機能させるためにも、目的に応じて変換できる基盤が必要だと感じました」(三宅氏)。

こうして残り2日をワークショップにあて、MVPを構築するという流れが、今回のAzure Light-upでした。作業を担ったのはJPYC社から4人、ゼンアーキテクツ社からは3人のエンジニア。分担をしながらプログラミングをしていきます。

「当社における Azure のノウハウは、ゼロに等しかった。 Azure Light-up では、初めて使用するという前提からスタートしていただけるので、非常に助かりました。目指すべき基盤に対し、適切な方法を教えていただき、自然と Azure そのものへの理解も深まったと思います」(佐野氏)。

参加したゼンアーキテクツ社のDeveloperである横浜 篤氏は、「JPYC さんは元々の基礎スキルが高かったので、実作業はスムーズでした」と、ワークショップを振り返ります。

「ベースの知識があったので、 Azure 特有の並列処理、分散処理の技術もスピーディーに理解していただけました。サーバーレスソリューションの『Azure Functions』には、並列処理を実施する『Durable Functions』という拡張機能があるのですが、他社サービスにはこの機能がありません。JPYC さんのビジネスには最適だったので、ぜひ取り入れたかったのですが、高度な技術でもあります。そこをスムーズにプログラミングできたのは、素晴らしい技術力があったからだと思います」(横浜氏)。

「他社のクラウドサービスと比べ、 Azure は実装が楽だったという印象です。やはり企業向けのソリューションに強いマイクソロフトさんは、機能を単体でピックアップしやすく、ニーズにマッチしやすいと感じました」(佐野氏)。

ナレッジを世界に共有し、業界を発展させていく

現時点では試行段階であるため、データ分析基盤の事業への応用には至ってはいないものの、「次のステップに対し、見通しが立った」と、坪氏は語ります。

「データの入力と分析、両方の基盤が、たった3日で得られたのは大きかったです。実際に新たな開発をしていく上で、『次はこれくらいできるだろう』という目処を立てられる環境が整いました。現状は社内リソースの不足もあり、スピーディーな展開はできていませんが、ゼンアーキテクツさんのおかげで知見も蓄積できたので、今後はペースアップしていけるはずです。アンチマネーロンダリングをはじめ、より安定したステーブルコインを目指し、JPYCをアップデートしていきます」(坪氏)。

「今回私たちが提案したアーキテクチャは、利用者数やデータ量の増加に対し、スケーラブルに拡張できるように設計しています。このベースを基にすれば、他のデータ形式であっても応用できるので、さまざまなものを開発していただきたいですね。その際、私たちにお手伝いできることがあれば、ぜひ支援させていただきます」(横浜氏)。

JPYC社ではユニークなことに、今後開発する成果物を、他社にも共有していきたいと考えているようです。

「もともとブロックチェーンのデータはパブリックな情報ですし、その分析技術はJPYC以外の暗号資産でも利用できるはずです。私たちには、培った技術をオープンに共有していくカルチャーがあるので、他社さんにも公開し、切磋琢磨しながら業界全体を成長させていきたいですね」(坪氏)。

マイクロソフトのパートナーシップでつながった、JPYC社と、ゼンアーキテクツ社。坪氏は、ネットワークの強さとスタートアップへの支援こそが、マイクロソフトの魅力だと語ってくれました。

「ブロックチェーン領域のスタートアップをする企業を集め、イベントを開催する構想をしていたのですが、マイクロソフトさんに相談したところ、即座に支援していただくことができました。こういったところからも、マイクロソフトさんのスタートアップ支援に対する前向きな姿勢を常々感じています。今後、私たちがナレッジをオープンにしていきたいのは、同じ境遇にあるパートナーさんを支援し、マイクロソフトさんへの恩返しをしたいから。実はそんな思いもあるんです」(坪氏)。

革新的なビジネスモデルで、ブロックチェーン業界を変えていくJPYC社。今後、どのようなアプローチで自律分散型の社会を創造していくのでしょうか。JPYC社が切り拓く未来に期待がふくらみます。

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